木津川、、


何気に車で通勤する際に気になってたんですよ、、


わが故郷を流れる木津川の河口らへんが、、



つか、、木津川って地図で見ると、一度淀川に合流してから、また別れてるんだねw
全然しらなかったですwwwwwww


由来調べてみようw


Wikiより
大阪府大阪市西区中北部で淀川分流の旧淀川土佐堀川)から分かれ、
西区中央部を南へ縦断。大阪ドーム近くの大正橋で西道頓堀川が東から合流、
西へ尻無川(岩崎運河)を分ける。大正区浪速区西成区との境界を
成しながらなおも南下し、千本松大橋付近から徐々に南西流、
そして西流へ転じる。下流では大正区住之江区の境界となり、
木津川運河を分けて大阪港南部(大阪南港東部)へ注ぐ。


なんで、木津川って付いたのかさっぱりwwwwww


まぁ、戦国の頃からっぽいし、、よーわかりませーーん、、_| ̄|○





で、、とりあえず、、写真、、



電車を超える高架は多々あれど、元々チンデンが電車を高架する為ってのはレアな気がする、、


これもWikiで調べるとw
鶴見橋通駅 - 津守神社前駅間にあった南海高野線を跨ぐ跨線橋は、
廃止後に自動車専用の跨線橋に転用されて「鶴見橋跨線橋」として現在も使用されている。




つか、、最近WikiのURL日本語入っててリンク貼れんのだがどうしたらいいのだ??w



で、、その津守商店街、、シャッターっぽいけど怖そうなので入らなかったw




で、、そのまま川の方に向かって走ると、そこは西成公園、、

堺もそうだけど、大阪はアカシヤを公園に植えるのが好きなのかな??w




これは、今回活躍したiPhoneホルダー、、見た目と固定はええねんけど、
使い勝手がwwwwww、、微妙なフィルム切っちゃおうかな、、
Amazonでもそう書いてたしwwwwww

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で、このまま川沿いに上がろうと思ったら、川見ながら走る
道は無かったので、、ヽ(;▽;)ノ


適当に、、写真も、、


このゲートみたいなんは木津川水門ってもんらしい、、


これも、少し調べたんだけどw


大阪地域の高潮対策


大阪平野沖積平野であり海抜が低く、台風による風が
吹き付ける方向に対して大阪湾が開口しているために
幾度となく高潮の被害にあってきた。加えて人口の集中、
工業化の進展に伴い進行した地盤沈下ともあいまって
1934年の室戸台風、1950年のジェーン台風、1961年の
第2室戸台風では大きな被害を出した。そのため防潮施設の
整備が進められてきたが1965年より大阪高潮対策恒久計画が
策定された。


高潮の被害を防ぐためには防潮堤をかさ上げする方法があるが、
淀川流域では2mのかさ上げが必要であり都市の景観が
変わってしまうこと、多数の橋梁と道路の改築が必要なこと、
また防潮堤の延長が長くなることなどの理由により実現は
困難とされた。そのため河川の河口部に防潮水門を設け、
海水の遡上を防ぐことが考えられた。


計画では伊勢湾台風クラスの台風が室戸台風の経路を通り
満潮時に大阪を直撃したケースを想定し、計画高潮位を大阪湾の
平均干潮位(以下O.P.と略す)に5.2mを加えた値に設定した。


この値は台風シーズン(7〜10月)の平均満潮位2.2mと台風に
よる潮位の上昇を3.0mと想定し合計したものである。
そして、防潮水門外での計画堤防高は変動量1.4mを考慮
O.P.+6.6mに、防潮水門内での計画堤防高は計画貯留水位3.5mと
余裕高0.8mを加えたO.P.+4.3mに設定された。


この計画に従い防潮水門の設置が行われた。正蓮寺川水門、
六軒家川水門、三軒家水門ではローラーゲート水門が、
安治川水門、尻無川水門、木津川水門では船舶の航行が盛んであったために
アーチ型水門が採用された。


なお、神崎川流域では橋梁が比較的少なかったために
防潮堤方式が採用された。


って、すんげぇ長文コピペしちゃったけど、アーチの部分が
ぽてって上流側に倒れて、水流を止めるっぽいっす、、。




色々調べると楽しいなw、、こうやっていろんなモンを見て
調べるのが楽しいwwww